洗濯会議の夜は更けて
6.洗濯会議の夜は更けて
大型クルーザー程の大きさのこの洗濯船の甲板には既に100人を超える人間が集まりあちらこちらで円陣を組んでは酒宴に興じている。
いくら大型クルーザー規模といっても100人は絶対に収容できるはずはないのだが・・・
「一体どこからこんなに集まってきたんだ・・・。それにこの広さは一体・・・」
今度は『何とか溶液』のおかげか、頭は痛くならなかったが、混乱はしている。
「だからさぁ、これがあの娘の『ニナール理論』の賜物の訳よ。」
面倒臭そうな小野先生。
「いや、やっぱ分からないっす!」
「だからぁ、頭で考えちゃダメな訳よぉ、宇宙の法則とやらは。ここで感じなきゃ!」
そう言うと右手の親指を立てて、僕の胸を突っつく。
「つまり、この不可解な現象はあの『宇宙人お花畑バカ娘』の作った機械か何かが原因なんですね?」
自分でも何を言ってるのか訳が解らなくなりそうだ。
「そいうこと!!理解できてんじゃん!!ささ、あんま深く考えないで銘酒を楽しもうぜ♪」
そう言いながらも既に彼の目は、若い女性の群れを追うハンターのそれになっている。
これ以上の説明を求めても、おそらく小野先生も理解できていないだろうということは明白だった。
きっとさっきの『転送デッキチェアー』もそういうことなのだろう。
とりあえず「使える便利な道具」くらいにしか理解していないだろうし、する気もないようだ。
「あれ~?どこかでお会いしたことなかったですかね~?」
トボけた声で見知らぬ若い男が話しかけてきた。
身長は僕よりもやや高く、細身だが風船に落書きしたような顔の20代後半の男だった。
「見知らぬ」と書いたが、直接会ったことは無いが、実は彼のことは知っていた。
この船の映写室で過去の動画を暇つぶしに見ていたら、奇妙なオペラ歌手が変な替え歌を歌っているのを見つけた。
それが彼とそっくりだったのを咄嗟に思い出した。
どうやら『何とか溶液』は頭の回転も早くするらしい。
「もしかして船長の知り合いのオペラ歌手の方ですか?」
「あ、知ってました?僕のこと。え~?どうして僕がオペラ歌手って知ってるんですかぁ?」
間延びした話し方の彼は、意外そうにも愉快そうにも見える態度で聞いてくる。
「映写室の過去の動画を見たことがあって。何なんですか、あの動画は?」
ずいぶん前からの疑問を、ようやくここでぶつける相手を見つけた。
「いや~特に意味はないんですけどねぇ。船長が当時はまだ『石川青果+号』の船長だった時の応援歌みたいなものかなぁ?」
意外だった!
船長はこの船の前にもほかの船で船長をしていたことと、それがさっきあの『お花畑バカ娘宇宙人』が乗ってきた大型タンカー並みの船であることに2度驚いた。
「なんで今はあの変な娘がその船で、船長がこの船なんですか!?」
ここはハッキリさせておきたいところだ!
「さぁ、僕もそこら辺の経緯は詳しく知らないんですよね~。僕も途中で自分の船を作ってそっちの船長になっちゃったんで。」
細く長い色白の腕を組んで右手で顎を捏ねる仕草をするオペラ歌手。
『くそ!ここでも情報が途絶えるのかよ!』
『それにこいつだって僕より若いのに船長だって!?』
何だかやっかみに似た感情が湧いてくる。
『どうせ僕のボートと大差ない位の船のことだろう!』
「ちなみにあなたの船はどこにあるんですか?」
意地悪な気持ちに火が付いた。
「あ、僕の船はすぐそこ、この船の左斜め後ろを付いて来てますよ。」
指差す彼に促され、振り返るとそこには黒を基調としたヨーロッパ風の大型豪華帆船があった!!
「え?え?あれですか??」
度肝を抜かれた。
「はい、まだあちこち手直ししないといけない所だらけなんですけどね。ははははは。」
負けた・・・
完敗だった・・・
目の前の風船顔オペラ青年に完全に打ちのめされた気分だった。
『こいつら一体何者なんだよ・・・。あの女にしても・・・』
「お、会話が弾んでるね~!!はい、友澤クン、駆けつけ3升ね!」
小野先生が1升瓶と見たことのないような巨大な、相撲取りが土俵上で儀式に使うような大きさの優勝杯をどこからともなく持ってきていた。
何もかもが驚きの連続だった。
そしてそれには常に劣等感も伴っている。