人工知能の波
17.人工知能の波
僕が甲板に出た時には、この騒動を嗅ぎつけた野次馬で溢れかえっていた。
普通に考えれば、この船がこんなに人を収容できるはずはないのだ。
『宇宙法則』に守られているなど誰に話しても信じてもらえるはずもないのに、その事実を知らなかったばかりに、あっけなく海賊たちは捕まってしまった。
決して彼らに同情する気にはなれなかったが、彼らの信じる『常識』には一票を投じたい気持ちは未だあった。
なにしろ武器や格闘技どころか、鍵一本と『宇宙理論酔い』による頭痛で一網打尽にされるなんて想像できたはずもないのだから。
「やぁ、今回は大活躍でしたね!!」
背後から爽やかな青年の声がした。
食堂であった青年なのは振り返らずとも分かった。
「いや、僕は何も・・」
「いやいやご謙遜を!笹川さんも褒めてましたよ!」
恐らく僕よりは少し若いと思う。
何から何まで爽やかだ。
そう、嫌味なくらいに『完璧な好青年』だと思った。
「お~い、電卓さん!」
『ノー天気身の程知らず宇宙人娘』の声がした。
「あの、エーコさん、いい加減その呼び方はやめてもらえませんか?」
好青年が困惑顔で近寄ってきた『エーコ』に話す。
「なんで?だって今時リスクヘッジとか言ったって金融とか保険とかの組み合わせ理論は人工知能の方が断然上じゃないですか!単純な物事を一瞬で計算できる能力くらいしか『電卓さん』には勝ち目はないですよ?だから分かりやすく『電卓さん』なのにぃ。」
本当に口の利き方を知らない女だと思ったが、そのせいで『嫌味なほどの好青年』が『いい奴』に感じられはじめた。
「そりゃそうかも知れませんがその呼び方はどうかと・・・」
男の自尊心をへし折られた様子の好青年に、気の利いた励ましの言葉をかけたかったが思いつかない。
「あ、AIポリが来たぞ!!」
誰かが叫ぶ。
群衆は一斉に声の促す方を見る。
一艘の海上偵察艇が近づいて来るのが見えた。
やがて船は横付けされ、数人の警官が乗り込んできた。
「この度はご協力ありがとうございました!いや、しかしこの船は遠くから見るよりもはるかに大きいですな??う、うん?」
早速『宇宙理論酔い』で頭痛が始まった様子の警官の親玉。
背後の部下たちはまるで変化無い。
おそらくAIポリス(人工知能アンドロイド)なのだろう。
「これはこれは、お勤めご苦労様でございます。」
いつの間にか船長が来ていた。
「うん?船酔いですか?少し苦いですがこれをどうぞ。効きますよ~。」
そう言うと小さな緑色の錠剤を1錠、警官の親玉に手渡す。
あれも『オニナール溶液』のような物なのだろうと察しがついた。
「あ、こりゃ失敬!滅多にこんな事にはならんのですが・・・」
笹川さんがいつの間にか水の入ったコップを用意していた。
警官は一気に飲み干した。
「おっ!!これは凄い!!もう治りましたわい!」
船長は大げさに微笑んで見せる。
「それでは彼らをお連れください。」
船長が振り返ると海賊たちがゾロゾロと人々の間から列になって出てきた。
驚いたことに彼らは首輪どころか手錠さえしていない!?
それでも大人しく連行されるべく偵察艇に乗り込んでゆく。
海賊の親分が船長の横を通り過ぎるとき、深々と礼をした。
『何がこの短時間の間にあったんだ!?』
しかしこれくらいで驚くのは早かった。
「あ、それではこちらが報酬の方です。」
親玉警官が胸のポケットから分厚い茶封筒を取り出し船長に手渡したのだ。
「これはこれは。おい、金庫番あべ!」
船長が『好青年』に呼びかけた。
「あ、はい!」
僕の横の『あべ』君はその封筒を受け取るため船長に駆け寄った。
『好青年』=『電卓さん』=『金庫番』=『あべ君』と僕の頭の中で回路がつながった。
そのあべ君の向こう側で、いつの間にか『エーコ』がAIポリスにへばりついているのが見えた。
今にも舐め回しそうなほど接近しながら観察している?
「それでは!」
警官たちが振り向き偵察艇に戻る間、エーコはAIポリスの一人にぴったりくっついていた。
やがて全員引き上げて船は行ってしまった。
最近ではあらゆる産業でロボットのAI(人工知能)化が進んでいる。
警官も公務員も同じことを繰り返すだけの業務要員の大半はAIロボットに置き換えられた。
そう言えば、まだこの船では彼らを見ていない気がした。
まだ知らないだけかもしれないが・・・